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2012年06月08日

梛(なぎ)に込めた平和への想い

6月23日、今年も、慰霊の日がやってきます。先の沖縄戦においてお亡くなりになった尊い20万余の御霊を慰め、そして改めて世界の恒久平和を誓い、祈る日です。
高温多湿の梅雨の時期に壮絶な戦争があったことを思うと、どれだけ辛かっただろうかと、胸がしめつけられる思いがします。
 糸満市にある沖縄戦で亡くなられた人々の氏名が刻まれた「平和の磯」には、私の祖父の名も刻まれております。刻まれた多くの名を見ると、戦争の惨さ、亡くなられた方々だけでなく、残された身内の方々の無念さ、悲しみを強く感じ、目頭が熱くなってきます。
 さて、ここで、沖縄と本土を結ぶ平和への願いにまつわる逸話についてお話ししましょう。
今から40年前、香川県の植木職人山地義一さん(当時64歳)が、「梛(なぎ)」の木の苗500本を種から育て、沖縄の日本復帰を契機に沖縄県下の各学校へ植樹することを思いつきました。沖縄県教育庁が窓口になりその願いが叶うことになりましたが、その後の状況は不明となりました。
しかし、その山地さんの沖縄と平和への熱い想いを忘れさせてはならないと立ち上がった一人の神職が現れました。熊野速玉大社宮司 上野 顯(うえの あきら)氏です。
熊野速玉大社は、前回のブログでもご説明した通り熊野三山の一社です。上野宮司は、新しい職員が入ると必ず沖縄を訪れ紀乃國乃塔で慰霊祭を行い、ひめゆりの塔などを訪れ沖縄戦を教え、この悲惨な戦争を決して忘れてはならないと常日頃から言い続け、自らも熊野速玉大社のご神木である「梛」を、思いを込めて関係の深い琉球八社をはじめ沖縄の地に植樹活動をしております。勿論、沖宮境内にも頂いた梛の木がすくすくと育っております。
昔から「梛」は「凪」に通じ、熊野を訪れた人々が、難航を続けながらもその果てにある安らぎを求めて、必ずその葉を持ち帰ったという霊木で、上野宮司は、独自に山地さんが送った梛の木の追跡調査をし、平成22年にやっと沖縄県立北部•中部•南部各農林高等学校で6m〜8mまで立派に成長した梛の木と対面する事になるのです。
そして、沖縄復帰40周年の節目を迎える本年6月15日(金)午後2時より南部農林高等学校で発見された「梛」の前で、久遠の安寧平和を祈る記念式典が開催されることになっております。
当日は、ご関係者ご参列のもと熊野三山が世界遺産に登録されたことを記念して創作されました御神楽「神なぎの舞」も捧げられるそうです。
このような上野宮司の思いに私も深く感銘し、せっかくのチャンスを生かそうとこの式典の翌日6月16日(土)、上野宮司をはじめとする熊野速玉大社御関係者と共に天燈会〜其の九〜を開催致します。
今回は、日頃より大変お世話になっておりますオペラ歌手の田村邦子さんが番組をもつFMタイフーン開局10周年記念イベントとタイアップした企画であり「平和」について考える素晴らしい舞台となっております。この舞台では、上野宮司と「いのちの服」づくりに着手する「うさとの服」デザイナーさとう うさぶろうさんの思いを語って頂く他、沖宮春の例大祭に合わせて創作した琉球雅楽や御神楽「神なぎの舞」他、勿論、田村邦子さんの素敵な歌声を通して世界の平和を祈る機会になることを願っております。
「梛」が繋げたこの御縁にいつもながら目に見えぬ力を感じる次第です。

  平成の御世、平和をともに願う大和と沖縄の人々によって、雅楽と琉球音楽が出合う時、恩讐を越えて心と心の深い絆が生まれるきっかけになればと考えております。
 祈りの季節、沖宮の天燈会で、舞と音楽をともに愉しみませんか?
梛(なぎ)に込めた平和への想い




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Posted by 琉球の祭典 at 06:46 │沖宮(おきのぐう)