2012年05月11日
沖宮の歴史の始まり
ハイサイ!みなさんお元気ですか?
今回は私がご奉仕させていただいている沖宮の歴史の概略について、ひもといてみましょう。
琉球八社の一つ沖宮の創建は、尚金福王の時代である1451年という記録があります。江戸城築城が1457年で、コロンブスがアメリカ大陸に到達したのが1492年ですから、同じ世紀の出来事と考えると遥かなる歴史に感慨を覚えます。
1713年琉球王府発刊の「琉球王国由来記」によると大昔、那覇港内で不思議に輝くものを国王が首里城よりご覧になり、漁夫に命じて探らせると、尋常ならざる古木を得たそうです。翌夜より水面が輝くことがなかったので、この地に宮社を建て古木をお祀りし、以後、国王始め一般の尊崇をあつめ、特に中国往来の進貢船や薩摩往来の貢船、離島航路などの航海安全の祈願に尊信されたということです。
日々ご奉仕させていただいている我が沖宮の歴史を顧りみる時、とくにこの成り立ちの逸話には感慨を覚えずにはいられません。
また、 旅の無事を祈る琉球舞踊、「上り口説(ヌブイクドウチ)」の歌詞の一節「沖ヌ側マディ親子兄弟連リティ別ユル…」とある「沖」は、実は沖宮のことなんです。琉球の王様をはじめ、江戸方面へ上る多くの人々が、よき旅となるよう沖宮へご参詣された情景に思いを馳せると、ご奉仕させていただいている我が身に、責任の重さを再認識してしまいます。
さて、沖宮は、創建当時、現在の那覇港にありました。明治41年、築港工事の為、琉球八社の一つ安里八幡宮の境内地隣域に遷座されました。その古式ゆかしい本殿は、昭和13年伊東忠太(いとうちゅうた)博士の推挙により国宝に指定されますが、第二次世界大戦により焼失してしまいました。誠に残念なことです。

周煌『琉球国志略』首巻より転載

沖縄戦焼失以前の沖宮本殿(安里八幡宮敷地内)
戦後、昭和36年に通堂町へ仮遷座し、昭和50年奥武山公園内へ遷座し現在に至りますが、復興するまでの道程には、神様のお力と思える多くの不思議な出来事が起こるわけです。それについては、これからこのブログにて、じっくりとお話したいと考えております。どうぞ、お楽しみに!
◇ お知らせ ◇
今月の天燈会 其の八は、ブルースギターリストデビットラルストンのステージです。
デビットさんは、アメリカインディアナ州出身で沖縄へ移り住みもう20年になるそうです。
普段は米軍基地内でカウンセラーとして活躍している異色なミュージシャンなんです。
これまでの天燈会に出演していただいた近藤房之助さん、セーンジャーさん、もデビットさんが繋げたご縁なんですよ。
音楽を通じて沖縄と世界を繋げる大きなお役目がある方だと感じております。
今回は初のデビット ラルストンバンドステージを8枚目のCD発売を記念して沖宮境内で行います。 乞うご期待!
5月26日(土)開場18:30 開演 19:00 前売2,000円 当日2,500円
お問合せ先ーOffice-hiro1021 080-3172-9230
今回は私がご奉仕させていただいている沖宮の歴史の概略について、ひもといてみましょう。
琉球八社の一つ沖宮の創建は、尚金福王の時代である1451年という記録があります。江戸城築城が1457年で、コロンブスがアメリカ大陸に到達したのが1492年ですから、同じ世紀の出来事と考えると遥かなる歴史に感慨を覚えます。
1713年琉球王府発刊の「琉球王国由来記」によると大昔、那覇港内で不思議に輝くものを国王が首里城よりご覧になり、漁夫に命じて探らせると、尋常ならざる古木を得たそうです。翌夜より水面が輝くことがなかったので、この地に宮社を建て古木をお祀りし、以後、国王始め一般の尊崇をあつめ、特に中国往来の進貢船や薩摩往来の貢船、離島航路などの航海安全の祈願に尊信されたということです。
日々ご奉仕させていただいている我が沖宮の歴史を顧りみる時、とくにこの成り立ちの逸話には感慨を覚えずにはいられません。
また、 旅の無事を祈る琉球舞踊、「上り口説(ヌブイクドウチ)」の歌詞の一節「沖ヌ側マディ親子兄弟連リティ別ユル…」とある「沖」は、実は沖宮のことなんです。琉球の王様をはじめ、江戸方面へ上る多くの人々が、よき旅となるよう沖宮へご参詣された情景に思いを馳せると、ご奉仕させていただいている我が身に、責任の重さを再認識してしまいます。
さて、沖宮は、創建当時、現在の那覇港にありました。明治41年、築港工事の為、琉球八社の一つ安里八幡宮の境内地隣域に遷座されました。その古式ゆかしい本殿は、昭和13年伊東忠太(いとうちゅうた)博士の推挙により国宝に指定されますが、第二次世界大戦により焼失してしまいました。誠に残念なことです。

周煌『琉球国志略』首巻より転載

沖縄戦焼失以前の沖宮本殿(安里八幡宮敷地内)
戦後、昭和36年に通堂町へ仮遷座し、昭和50年奥武山公園内へ遷座し現在に至りますが、復興するまでの道程には、神様のお力と思える多くの不思議な出来事が起こるわけです。それについては、これからこのブログにて、じっくりとお話したいと考えております。どうぞ、お楽しみに!
◇ お知らせ ◇
今月の天燈会 其の八は、ブルースギターリストデビットラルストンのステージです。
デビットさんは、アメリカインディアナ州出身で沖縄へ移り住みもう20年になるそうです。
普段は米軍基地内でカウンセラーとして活躍している異色なミュージシャンなんです。
これまでの天燈会に出演していただいた近藤房之助さん、セーンジャーさん、もデビットさんが繋げたご縁なんですよ。
音楽を通じて沖縄と世界を繋げる大きなお役目がある方だと感じております。
今回は初のデビット ラルストンバンドステージを8枚目のCD発売を記念して沖宮境内で行います。 乞うご期待!
5月26日(土)開場18:30 開演 19:00 前売2,000円 当日2,500円
お問合せ先ーOffice-hiro1021 080-3172-9230
2012年05月07日
奥武山公園の今昔
ハイサイ!お元気ですか? 今回のテーマは、沖宮がある奥武山です。
みなさんは奥武山というと、どんなイメージをお持ちですか?
沖縄のスポーツの聖地というイメージをお持ちの方も多いのではないでしょうか。陸上競技場に武道館、プールなど、数多くのスポーツ施設があります。那覇市内で小中高校を出られた方なら、競技大会の応援で、陸上競技場やプールなどに一度は訪れたことがあるのではないでしょうか?
数々の高校野球の名勝負が繰り広げられた球場は、今や読売ジャイアンツが春のキャンプをはっており、スタートの年から沖宮に、原監督をはじめ、多くの選手のみなさんが、ご参詣にみえられました。
もうひとつのイメージは、「お祭り」ではないでしょうか?「那覇まつり」、「産業まつり」、そして僭越ながら私が関わっている「琉球の祭典」など、大小さまざまな催事が開かれています。
ところで、みなさんは奥武山には、3つの神社があることをご存知ですか?世持神社、護国神社、そして沖宮です。このことからも、尊い地であることが伺えます。



ここで、奥武山の歴史についてひもといてみましょう。現在は、橋や埋め立てにより陸続きになっている奥武山は、その昔、漫湖の入江に浮かぶ島でした。つまり、歩いては行けなかったんですね。
琉球王国時代の奥武山は、それはそれは美しい景勝地で、江戸時代の有名な絵師、葛飾北斎が、琉球八景のひとつとして描いているほどです。

1710年頃には、心海上人(しんかいしょうにん)が、護国寺の隠居寺である龍洞寺(りゅうとうじ)を奥武山に創建したという記録があります。弁財天堂の蓮池と浮見堂があったという記録から、花鳥風月が麗しい趣ある寺社であったことが想像されます。
1721年の「中山伝信録」には、「奥武山は、もと蛇のすみかであったが、僧心海がここを開いてから蛇は海を渡って逃げてしまった。堤を築いて潮をせき止め、泉をひき松を植え、五・六軒の家を構えた。前に沼があり、小亭が二つ。仏桑花やソテツなどをたくさん植えてある」との記録があります。
こんな民話も。
琉球のその昔、ミミズは奥武山にのみ棲んでいたという。ある十五夜、ミミズが揃って月見を楽しんでいたところ、長老ミミズが涙ながらにこう言った。「奥武山のミミズは増えすぎた。このままだと、食べる土が絶えてしまう…」と。これを聞いた若ミミズたちが悲しみのあまり、一斉に泣き始めた。この騒動を聞き付けた青大将が言った。「渡地(わたんじ)に渡れば土はたくさんある」。これは渡りに舟とミミズたちは、フクギの葉を舟に漕ぎ出した。それから、土を求めてミミズは琉球のすみずみにまで広まったそうな。
ミミズといえば、エコの象徴です。沖縄のミミズの発祥が奥武山であるならば、その地であることを誇りとし、平成の今、温故知新よろしく、奥武山をエコの拠点としたいとも考えています。
奥武山が公園になったのは明治34年、東宮(皇太子殿下)のご成婚を記念して、沖縄初の運動公園として開設されたそうです。
戦後になって公園全体が各施設共々に整備され、とても明るくなり、日々、スポーツ・運動を楽しむ多くの人々で賑わっております。
さて、今や奥武山周辺は、那覇空港に至近の位置にあることから、観光立県を標榜する沖縄の那覇における拠点としての大いなる可能性を秘めていると、私は考えています。
今後は、県都那覇市における最高の立地に恵まれた奥武山公園で、人々に多くの安らぎ・癒し・元気・喜びを与えることができるプロジェクトに挑戦しようと動き始めています。
梅雨はどこへやら、平成二十四年、立夏の月が煌々と輝く宵、四季の花が次々に彩りを競って咲き誇り、風が運んだ香りに誘われて鳥が舞う…、そんな琉球の時代を思わせる景色に人が集う…、奥武山の未来を夢見ている次第です。
【 昔の奥武山公園 】

【 現在の奥武山公園・Google Earthより 】
みなさんは奥武山というと、どんなイメージをお持ちですか?
沖縄のスポーツの聖地というイメージをお持ちの方も多いのではないでしょうか。陸上競技場に武道館、プールなど、数多くのスポーツ施設があります。那覇市内で小中高校を出られた方なら、競技大会の応援で、陸上競技場やプールなどに一度は訪れたことがあるのではないでしょうか?
数々の高校野球の名勝負が繰り広げられた球場は、今や読売ジャイアンツが春のキャンプをはっており、スタートの年から沖宮に、原監督をはじめ、多くの選手のみなさんが、ご参詣にみえられました。
もうひとつのイメージは、「お祭り」ではないでしょうか?「那覇まつり」、「産業まつり」、そして僭越ながら私が関わっている「琉球の祭典」など、大小さまざまな催事が開かれています。
ところで、みなさんは奥武山には、3つの神社があることをご存知ですか?世持神社、護国神社、そして沖宮です。このことからも、尊い地であることが伺えます。



ここで、奥武山の歴史についてひもといてみましょう。現在は、橋や埋め立てにより陸続きになっている奥武山は、その昔、漫湖の入江に浮かぶ島でした。つまり、歩いては行けなかったんですね。
琉球王国時代の奥武山は、それはそれは美しい景勝地で、江戸時代の有名な絵師、葛飾北斎が、琉球八景のひとつとして描いているほどです。

1710年頃には、心海上人(しんかいしょうにん)が、護国寺の隠居寺である龍洞寺(りゅうとうじ)を奥武山に創建したという記録があります。弁財天堂の蓮池と浮見堂があったという記録から、花鳥風月が麗しい趣ある寺社であったことが想像されます。
1721年の「中山伝信録」には、「奥武山は、もと蛇のすみかであったが、僧心海がここを開いてから蛇は海を渡って逃げてしまった。堤を築いて潮をせき止め、泉をひき松を植え、五・六軒の家を構えた。前に沼があり、小亭が二つ。仏桑花やソテツなどをたくさん植えてある」との記録があります。
こんな民話も。
琉球のその昔、ミミズは奥武山にのみ棲んでいたという。ある十五夜、ミミズが揃って月見を楽しんでいたところ、長老ミミズが涙ながらにこう言った。「奥武山のミミズは増えすぎた。このままだと、食べる土が絶えてしまう…」と。これを聞いた若ミミズたちが悲しみのあまり、一斉に泣き始めた。この騒動を聞き付けた青大将が言った。「渡地(わたんじ)に渡れば土はたくさんある」。これは渡りに舟とミミズたちは、フクギの葉を舟に漕ぎ出した。それから、土を求めてミミズは琉球のすみずみにまで広まったそうな。
ミミズといえば、エコの象徴です。沖縄のミミズの発祥が奥武山であるならば、その地であることを誇りとし、平成の今、温故知新よろしく、奥武山をエコの拠点としたいとも考えています。
奥武山が公園になったのは明治34年、東宮(皇太子殿下)のご成婚を記念して、沖縄初の運動公園として開設されたそうです。
戦後になって公園全体が各施設共々に整備され、とても明るくなり、日々、スポーツ・運動を楽しむ多くの人々で賑わっております。
さて、今や奥武山周辺は、那覇空港に至近の位置にあることから、観光立県を標榜する沖縄の那覇における拠点としての大いなる可能性を秘めていると、私は考えています。
今後は、県都那覇市における最高の立地に恵まれた奥武山公園で、人々に多くの安らぎ・癒し・元気・喜びを与えることができるプロジェクトに挑戦しようと動き始めています。
梅雨はどこへやら、平成二十四年、立夏の月が煌々と輝く宵、四季の花が次々に彩りを競って咲き誇り、風が運んだ香りに誘われて鳥が舞う…、そんな琉球の時代を思わせる景色に人が集う…、奥武山の未来を夢見ている次第です。
【 昔の奥武山公園 】

【 現在の奥武山公園・Google Earthより 】
2012年04月27日
琉球雅楽(りゅうきゅうががく)
ハイサイ、みなさんお元気ですか!今回は雅楽についてお話しましょう。
雅楽とは、宮中や寺社の儀式・祭礼などにおいて伝わる日本古来の音楽や舞のことをいいます。5世紀頃から古代アジア大陸諸国の音楽と舞が仏教文化の渡来と前後して中国や朝鮮半島から日本に伝わったといわれています。遥かアジアから伝来した音楽や舞が融合してできた芸術、雅楽は、ほぼ10世紀に完成されました。
雅楽の中で最も有名な曲は、神社のご祈祷や祭典などで流れる「越天楽(えてんらく)」です。これは、お聴きになったことがある方も多いと思います。聴いているだけで、厳かな気持ちになるという声もよく聞かれます。
さて、ここ沖縄は、琉球王国時代より独自の芸術文化が現在まで連綿と受け継がれていますが、これは、中国の文化的・思想的影響を大きく受けたものです。
同様に日本・朝鮮・ベトナムなどにも広く伝わり、各国でそれぞれの民族固有の楽器も取り入れられ、それぞれの花を美しく咲かせました。
琉球王国時代、中国からの冊封使を歓待する時、また、徳川将軍に謝恩使や慶賀使を送る「江戸上り」の際、中国に影響を受けた音楽が演奏されました。このうち、室内で座って合奏する音楽は、「御座楽(うざがく)」、野外で行列しつつ歩きながら合奏する音楽は、「路次楽(ろじがく)」と呼ばれています。これらは、儀式に用いられたという点では、雅楽の心と通じるものがあるかもしれません。
さて、私の周辺では、かねてより、御座楽や路次楽を下敷きにもっと沖縄独自の音色、つまり鍵盤で「ドレミファソラシド」から「レ」と「ラ」を抜く琉球音階を用いた新しい雅楽・「琉球雅楽」を作ってみようという話があり、今回、日出克さんのプロデュースにより進められました。
そして、ついに今春の例大祭において、日本古来の雅楽の代表的楽器である篳篥(ひちりき)・笙(しょう)に加え、琉球古来の伝統的楽器である三線・琉球箏・胡弓・琉笛・太鼓で構成された楽団によるできたてほやほやの「琉球雅楽」を披露しました。
当日は、琉装に身を包んだ演奏者がずらりと整列しているだけで祭典会場が神々しく感じられました。祭典中に奏でる演奏は、思わず当事者であることを一瞬忘れ、うっとり聴き入ってしまい、とても感動しました。
同じ、アジア大陸の文化の影響を受けた大和と琉球の音楽や舞が悠久の時を超えて、平成の御世に出会い、新しい文化を創造できたことに、心がふるえる思いです。携わってくださった皆さまには感謝の一言に尽きます。これも、神様のおぼしめしかもしれませんね。
今後「琉球雅楽」の大きな可能性を強く感じるとともに、もっと参列者に感動を与えられる祭典を目指していきたいと決意を新たにしました!
尚、再来月6月16日(土)に開催する「天燈会・平和の祈り」でも、「琉球雅楽」を観る事ができます。どうぞ、お楽しみに!

雅楽とは、宮中や寺社の儀式・祭礼などにおいて伝わる日本古来の音楽や舞のことをいいます。5世紀頃から古代アジア大陸諸国の音楽と舞が仏教文化の渡来と前後して中国や朝鮮半島から日本に伝わったといわれています。遥かアジアから伝来した音楽や舞が融合してできた芸術、雅楽は、ほぼ10世紀に完成されました。
雅楽の中で最も有名な曲は、神社のご祈祷や祭典などで流れる「越天楽(えてんらく)」です。これは、お聴きになったことがある方も多いと思います。聴いているだけで、厳かな気持ちになるという声もよく聞かれます。
さて、ここ沖縄は、琉球王国時代より独自の芸術文化が現在まで連綿と受け継がれていますが、これは、中国の文化的・思想的影響を大きく受けたものです。
同様に日本・朝鮮・ベトナムなどにも広く伝わり、各国でそれぞれの民族固有の楽器も取り入れられ、それぞれの花を美しく咲かせました。
琉球王国時代、中国からの冊封使を歓待する時、また、徳川将軍に謝恩使や慶賀使を送る「江戸上り」の際、中国に影響を受けた音楽が演奏されました。このうち、室内で座って合奏する音楽は、「御座楽(うざがく)」、野外で行列しつつ歩きながら合奏する音楽は、「路次楽(ろじがく)」と呼ばれています。これらは、儀式に用いられたという点では、雅楽の心と通じるものがあるかもしれません。
さて、私の周辺では、かねてより、御座楽や路次楽を下敷きにもっと沖縄独自の音色、つまり鍵盤で「ドレミファソラシド」から「レ」と「ラ」を抜く琉球音階を用いた新しい雅楽・「琉球雅楽」を作ってみようという話があり、今回、日出克さんのプロデュースにより進められました。
そして、ついに今春の例大祭において、日本古来の雅楽の代表的楽器である篳篥(ひちりき)・笙(しょう)に加え、琉球古来の伝統的楽器である三線・琉球箏・胡弓・琉笛・太鼓で構成された楽団によるできたてほやほやの「琉球雅楽」を披露しました。
当日は、琉装に身を包んだ演奏者がずらりと整列しているだけで祭典会場が神々しく感じられました。祭典中に奏でる演奏は、思わず当事者であることを一瞬忘れ、うっとり聴き入ってしまい、とても感動しました。
同じ、アジア大陸の文化の影響を受けた大和と琉球の音楽や舞が悠久の時を超えて、平成の御世に出会い、新しい文化を創造できたことに、心がふるえる思いです。携わってくださった皆さまには感謝の一言に尽きます。これも、神様のおぼしめしかもしれませんね。
今後「琉球雅楽」の大きな可能性を強く感じるとともに、もっと参列者に感動を与えられる祭典を目指していきたいと決意を新たにしました!
尚、再来月6月16日(土)に開催する「天燈会・平和の祈り」でも、「琉球雅楽」を観る事ができます。どうぞ、お楽しみに!
2012年04月18日
沖宮春の例大祭
去る4月13日(金)〜14日(土)は、沖宮例大祭を無事全日程をつつがなく執り行うことができました。
沖宮例大祭日は旧暦3月23日となっております。
昔から奥武山にある三山の一つ天燈山は、別名黄金森(くがにむい)または、天地午方(てぃんちうまぬふぁ)と呼ばれ、何らかしらの理由により人々が祈りを捧げていた場所です。
昭和32年旧暦3月23日、沖宮先代宮司 比嘉真忠先生がご神託のもと天燈山(てんとうざん)に石碑を建立し、太陽が光と熱とをもって宇宙万物を生成化育するように、広い御心で万民を等しく一人のもれもなく公平に成長発展せしめる神様「天受久女龍宮王御神(てんじゅくめりゅうぐうおうおんかみ)別名・天照大御神(あまてらすおおみかみ)」がご鎮座する御嶽(ウタキ)だということが明らかにされました。
多くの神人(かみんちゅ)が、ここを「世界のてんぷす(おへそ)・中心」と言われる大事なパワースポットなんですよ!
この場所には、今なお様々な伝説を残す16世紀に活躍した日秀上人(にっしょうしょうにん)が建立したとされる貴重な石碑も残っていて、古の昔より選ばれた場所であったことが伺えます。
今回その特別な日に合わせて、賽音吉雅(セーンジャー)さんが馬頭琴の音色を神様にご奉納して頂きました。
不思議なことに、このご縁を結んでくださった方の干支も何と午年だったんです!
又、奉納をされた4月14日は、セーンジャーさんが12年前に初めて来日した日でもあることもわかり鳥肌が立ちました。
やはり、何か大きな意味があったに違いありませんね。
もちろん、事前に降っていた雨も上がり沖宮宮司・祝女(ノロ)さん・その場に居合わせた崇敬者による祈りの後、セーンジャーさんによる幻想的な奉納演舞が始まりました。皆が何とも言えない気持ちになったことは申し上げるまでもありません。
きっとこれを導いた神様も喜んで頂き、さらに世の人々に光を照らして頂けるに違いないと思いました。
神様の御恵の下、今年の例大祭を最高な形で終えることができ、ご尽力を賜った多くの方々に感謝の気持ちで一杯です。




セーンジャーさんは、とても素敵な方で人柄も最高でした。モンゴル人の持つ愛情の深さを知ることができ、改めて気づかされる事が多くありました。
天燈会 其の七(4月13日(金)当日祭)
日頃大変お世話になっております、日出克さん、田村邦子さん、そして今回セーンジャーさんとのご縁のきっかけを作っていただいたDAVID RALSTON (デビット・ラルストン)さんもゲスト出演していただき、舞台を盛り上げていただきました。
衷心より厚く御礼申しあげます。



会場の参列者もご一緒に、てぃんさぐぬ花を合唱しました。

演奏を聴いた方々も、大変満足して頂きました。特に女性の方々は、当然ながらうっとり見入っておりました。
セーンジャーさんも、初めての沖縄に満足・大好きになったようで、是非、沖縄とモンゴルとの交流事業を企画しようと盛り上がりました。
さらに、沖縄を離れる日、観光で訪ねた首里城にて展示されている「琉球王国の印鑑」には、何とモンゴル文字が・・・
沖縄とモンゴルとの関係を確信した瞬間でした。(写真はレプリカです)

モンゴルの草原の夜空一杯に広がる星空のもとセーンジャーさんの演奏・・・想像しただけで心躍ります。
このように沖宮では、神様を崇めるべく、春夏秋冬、様々な祭事、行事を開催しています。
天燈会 其の八 ✩ 5月26日(土)19:00 DAVID RALSTON(デビットラルストン) CDリリースライブ
前売 2,000円 当日 2,500円
天燈会 其の九 ✩ 6月16日(土) 19:30 平和の祈り 予定
乞うご期待!
このブログで折を見て、お知らせしますので、機会がありましたら、ぜひ、足をお運びくださいね。
沖宮例大祭日は旧暦3月23日となっております。
昔から奥武山にある三山の一つ天燈山は、別名黄金森(くがにむい)または、天地午方(てぃんちうまぬふぁ)と呼ばれ、何らかしらの理由により人々が祈りを捧げていた場所です。
昭和32年旧暦3月23日、沖宮先代宮司 比嘉真忠先生がご神託のもと天燈山(てんとうざん)に石碑を建立し、太陽が光と熱とをもって宇宙万物を生成化育するように、広い御心で万民を等しく一人のもれもなく公平に成長発展せしめる神様「天受久女龍宮王御神(てんじゅくめりゅうぐうおうおんかみ)別名・天照大御神(あまてらすおおみかみ)」がご鎮座する御嶽(ウタキ)だということが明らかにされました。
多くの神人(かみんちゅ)が、ここを「世界のてんぷす(おへそ)・中心」と言われる大事なパワースポットなんですよ!
この場所には、今なお様々な伝説を残す16世紀に活躍した日秀上人(にっしょうしょうにん)が建立したとされる貴重な石碑も残っていて、古の昔より選ばれた場所であったことが伺えます。
今回その特別な日に合わせて、賽音吉雅(セーンジャー)さんが馬頭琴の音色を神様にご奉納して頂きました。
不思議なことに、このご縁を結んでくださった方の干支も何と午年だったんです!
又、奉納をされた4月14日は、セーンジャーさんが12年前に初めて来日した日でもあることもわかり鳥肌が立ちました。
やはり、何か大きな意味があったに違いありませんね。
もちろん、事前に降っていた雨も上がり沖宮宮司・祝女(ノロ)さん・その場に居合わせた崇敬者による祈りの後、セーンジャーさんによる幻想的な奉納演舞が始まりました。皆が何とも言えない気持ちになったことは申し上げるまでもありません。
きっとこれを導いた神様も喜んで頂き、さらに世の人々に光を照らして頂けるに違いないと思いました。
神様の御恵の下、今年の例大祭を最高な形で終えることができ、ご尽力を賜った多くの方々に感謝の気持ちで一杯です。
セーンジャーさんは、とても素敵な方で人柄も最高でした。モンゴル人の持つ愛情の深さを知ることができ、改めて気づかされる事が多くありました。
天燈会 其の七(4月13日(金)当日祭)
日頃大変お世話になっております、日出克さん、田村邦子さん、そして今回セーンジャーさんとのご縁のきっかけを作っていただいたDAVID RALSTON (デビット・ラルストン)さんもゲスト出演していただき、舞台を盛り上げていただきました。
衷心より厚く御礼申しあげます。

会場の参列者もご一緒に、てぃんさぐぬ花を合唱しました。
演奏を聴いた方々も、大変満足して頂きました。特に女性の方々は、当然ながらうっとり見入っておりました。
セーンジャーさんも、初めての沖縄に満足・大好きになったようで、是非、沖縄とモンゴルとの交流事業を企画しようと盛り上がりました。
さらに、沖縄を離れる日、観光で訪ねた首里城にて展示されている「琉球王国の印鑑」には、何とモンゴル文字が・・・
沖縄とモンゴルとの関係を確信した瞬間でした。(写真はレプリカです)

モンゴルの草原の夜空一杯に広がる星空のもとセーンジャーさんの演奏・・・想像しただけで心躍ります。
このように沖宮では、神様を崇めるべく、春夏秋冬、様々な祭事、行事を開催しています。
天燈会 其の八 ✩ 5月26日(土)19:00 DAVID RALSTON(デビットラルストン) CDリリースライブ
前売 2,000円 当日 2,500円
天燈会 其の九 ✩ 6月16日(土) 19:30 平和の祈り 予定
乞うご期待!
このブログで折を見て、お知らせしますので、機会がありましたら、ぜひ、足をお運びくださいね。
2012年04月12日
お花プロジェクト
今日は、お花のお話です。豚に真珠、掃き溜めに鶴などということわざがあります
が、強面(こわもて)と恐れられている(!?)私、実は植物が大好きなんです。
そこで、沖宮を四季折々の花の彩りと香りでいっぱいにして、神様に喜んでいただくことはもちろん、ご参詣される善男善女の皆様が心地よくお過ごしになれるようにと、一昨年より沖宮にて「お花プロジェクト」を展開しております。
まずは手始めに、私の思いにご賛同いただいた皆様よりお贈りいただいた蘭の植え付けをスタートさせました。
蘭は花が咲き終わると枯れてしまうと思ったり、咲き終えた蘭をまた咲かせるのは大変難しいと思っている方も多く、店舗のオープン祝いの蘭を喜んで寄贈してくださったり、庭の隅にあった鉢をくださるなどしています。
私も専門家ではありませんが、好きこそものの上手なれよろしく、きちんと育てられるか半信半疑の中、見よう見まね日々、手入れに心地いい汗を流しております。
境内地にある末社・辨財天宮周辺で始まったプロジェクトですが、環境が良いのか沢山の方々から頂いた多くの蘭が私の予想以上に成長し、美しく咲き誇っております。
辯財天の神様とは、一般には七福神の中で楽器の琵琶を弾く妖艶な姿で現される福徳、諸芸能上達の神様として広く信仰されていますね!
ルーツは古代インドの水の神サラスヴァーティーで、奈良時代仏教とともに日本に伝来し、後に財宝神としての性格が付与され「才」が「財」の音に通じることから「弁財天」とも表記しているそうです。
沖宮の辨財天宮では、辨天負百津姫神(べんてんよもつひめのかみ)という辰の神様をお祀りしておりますので、辰年生まれの方は是非お参りください。もともと弁財天は、水の神としての性格をもっています。沖宮境内地にある弁財天宮にも、滝と池があり美しい鯉も気持ちよさそうに泳いでおります。水と花に囲まれた気持ちの良い隠
れスポットですよ。
花いっぱいに囲まれた神様が大いに喜び、世の人々を広く光照らして頂けるため、これからも「お花プロジェクト」をどんどん進めて参りたいと思います。そして、ゆくゆくはパワースポットである奥武山公園全体に広げることを夢見ております。何より
も多くの方々が、神社に足を運んで頂ける良い機会になればと願っております。
甘い花の香りが風にのって鳥をよび、月の光のもとに人々が集う…。花鳥風月を人が愛でる…、そんな奥武山を思い描いて、今日も蘭の手入れ、がんばります。
2012年04月03日
開運の楽器、馬頭琴の調べが奥武山に響く!
暦を見れば平成24年も早いもので4月。 新年度のスタートですね!
旧暦3月23日は、沖宮の春の例大祭です。
今年は、新暦で4月13日(金)が当日祭、翌日14日(土)が、奉祝祭となっております。
例大祭とは、神社において年に一度お祀りしている神様または神社に由緒ある日をもって行う大変大事なお祭のことです。
ですから、沖宮では天燈山に天受久女龍宮王御神(てんじゅくめりゅうぐうおうおんかみ)の御名があがった旧暦3月23日を例祭日にしております。
当日祭は、神職・祝女さん方を中心に奥武山公園内の御嶽・嶽々へ祈りを捧げ、その後ご神殿において神事が執り行われます。
奉祝祭は、来賓・一般の方々にも多くご参列して頂き、盛大に祭典が執り行われます。
今回その特別な日に、モンゴルの伝統的楽器・馬頭琴奏者セーンジャーさんが、当日祭に開催される天燈会・奉祝祭に参加・演奏して頂けることになりました。
馬頭琴とは、モンゴルの遊牧民の間に古くから伝わる二弦楽器のことです。
小学校の国語の教科書にあった「スーホの白い馬」を思い出される方も多いかもしれません。
馬頭琴の弦は馬のしっぽの毛でできており、馬の毛で張った弓で弾きます。
モンゴルでは幸運のことをヒーモリ=馬の風といい、馬頭琴を弾くと、幸運がやってくるといわれています。
神地天燈山は、昔から別名・天地午方(てんちうまのふぁ)と呼ばれている場所です。
不思議な御縁で実現する今回のご参加ですが、神道でも神の乗りものとされる馬繋がりからすると、何かしら大きな意味があるようにも感じられます。
是非、多くの方々に、この機会に神々への感謝と祈りを込めた奉納舞台をご覧になって頂きたいと思います。
沖宮春の例大祭
天燈会:平成23年4月13日(金) PM7:30 開演 (有料)
奉祝祭:平成23年4月14日(土) PM2:00祭典
◇日 時 ◇ 平成24年4月13日(金) 開場 19:00 開演 19:30
◇会 場 ◇ 沖宮境内 (沖縄県那覇市奥武山44番地)
◇チケット◇ 沖宮特別料金 前売 ¥2,000 当日 ¥2,500
◇お問合せ◇ Office-hiro1021 098-859-4122 080-3172-9230
◇会場案内 モノレール奥武山公園駅徒歩3分
駐車場―奥武山公園第二駐車場をご利用ください。(但し22時閉門となります)
旧暦3月23日は、沖宮の春の例大祭です。
今年は、新暦で4月13日(金)が当日祭、翌日14日(土)が、奉祝祭となっております。
例大祭とは、神社において年に一度お祀りしている神様または神社に由緒ある日をもって行う大変大事なお祭のことです。
ですから、沖宮では天燈山に天受久女龍宮王御神(てんじゅくめりゅうぐうおうおんかみ)の御名があがった旧暦3月23日を例祭日にしております。
当日祭は、神職・祝女さん方を中心に奥武山公園内の御嶽・嶽々へ祈りを捧げ、その後ご神殿において神事が執り行われます。
奉祝祭は、来賓・一般の方々にも多くご参列して頂き、盛大に祭典が執り行われます。
今回その特別な日に、モンゴルの伝統的楽器・馬頭琴奏者セーンジャーさんが、当日祭に開催される天燈会・奉祝祭に参加・演奏して頂けることになりました。
馬頭琴とは、モンゴルの遊牧民の間に古くから伝わる二弦楽器のことです。
小学校の国語の教科書にあった「スーホの白い馬」を思い出される方も多いかもしれません。
馬頭琴の弦は馬のしっぽの毛でできており、馬の毛で張った弓で弾きます。
モンゴルでは幸運のことをヒーモリ=馬の風といい、馬頭琴を弾くと、幸運がやってくるといわれています。
神地天燈山は、昔から別名・天地午方(てんちうまのふぁ)と呼ばれている場所です。
不思議な御縁で実現する今回のご参加ですが、神道でも神の乗りものとされる馬繋がりからすると、何かしら大きな意味があるようにも感じられます。
是非、多くの方々に、この機会に神々への感謝と祈りを込めた奉納舞台をご覧になって頂きたいと思います。
沖宮春の例大祭
天燈会:平成23年4月13日(金) PM7:30 開演 (有料)
奉祝祭:平成23年4月14日(土) PM2:00祭典
◇日 時 ◇ 平成24年4月13日(金) 開場 19:00 開演 19:30
◇会 場 ◇ 沖宮境内 (沖縄県那覇市奥武山44番地)
◇チケット◇ 沖宮特別料金 前売 ¥2,000 当日 ¥2,500
◇お問合せ◇ Office-hiro1021 098-859-4122 080-3172-9230
◇会場案内 モノレール奥武山公園駅徒歩3分
駐車場―奥武山公園第二駐車場をご利用ください。(但し22時閉門となります)
2012年01月14日
中国四川変面絶技団・ いよいよ明日沖宮公演!

於: 沖宮境内特設ステージ
沖宮特別料金: 1千円
沖宮
禰宜 上地一郎
お問い合せ先
事務局 098-859-4122重田
Posted by 琉球の祭典 at
09:41
2012年01月13日
中国四川変面絶技団 沖宮上陸!


中国の芸能の一つである『変面』の舞台が沖宮で開催されます。
マスクを一瞬のうちに変える『変面』とは中国で第一級国家秘密と言われている素晴らしい芸能です。
なかなか生で見れる機会がございませんので、いつもお世話になっている方々へこの機会に是非ご覧頂きたいと思います。
時:1月15日(日)開場 18時 開演 19時
於: 沖宮境内特設ステージ
沖宮特別料金: 1千円
沖宮 禰宜 上地一郎
お問い合せ先
事務局 098-859-4122重田
Posted by 琉球の祭典 at
19:43
2012年01月07日
新春 沖宮餅つき大会



神地「天燈山御嶽」にお供えした餅米を沢山の方々について頂き、できあがった縁起餅を美味しく召し上がって頂きました。
初めての試みで多少心配でしが、小禄地域から鏡水鏡鼓会の皆様のご協力により予想以上の盛況でした。
素晴らしい沖宮の行事が、また一つ生まれました!
Posted by 琉球の祭典 at
16:18
2012年01月02日
平成24年初日の出
天頭山(天燈山)からの初日の出です。
あいにくの曇り空でしたが、わずかに拝めることができました!
今年は、辰年。
龍にまつわる諺に「画龍点晴・がりゅうてんせい」という中国の諺があり、壁に龍を描き、最後に瞳を書き入れると、たちまち本物の龍となって天に昇ったという故事から、わずかなことではあるが、大切な部分を加えて物事が成就することを意味するそうです。
神様のお力を頂き、皆様にとっても今年一年が健康で、まさに「画龍点晴」なる年となりますように祈念いたしました。
二日は午後2時より境内にて餅つき大会を催します。黄金餅を振る舞いますので
是非どなた様もご参加ください。
てぃーだブログメイン画面の中で「 新年の過ごし方特集 」にて沖宮が取り上げられておりますので、どうぞご覧ください。
http://tidana.ti-da.net/e3671552.html
Posted by 琉球の祭典 at
10:45
2011年06月22日
平和への祈り


先の大戦で、私の祖父も含めた多くの戦死者の名を刻んだ平和の磯を前に、先人達の思いを改めて考えさせられ、胸詰まる思いです。
平和の尊さ・感謝の気持ちを再確認させられました。
Posted by 琉球の祭典 at
19:55
2011年01月23日
写経


月一回朝6時より8時まで沖宮で開催しております。
興味がある方は、沖宮にご連絡の上、お気軽にご参加下さい。
Posted by 琉球の祭典 at
14:32
2011年01月17日
ペリーもち屋のおばさん

沖宮は毎回ペリーもち屋さんにお世話になっております。
本日も朝早くから黙々と元気に頑張っているおばさんです!
Posted by 琉球の祭典 at
19:54
2011年01月14日
一歩 感謝〜想い

どんな素晴らしい公演になるのか今から楽しみです!
お時間が許せる方も、是非ご来場下さい。
Posted by 琉球の祭典 at
20:03
2011年01月09日
2011年01月09日
心らん!らん!らん!


再びこのように綺麗な花を咲かせ、観る人の心を和まし、楽しませてくれます。
No.7
Posted by 琉球の祭典 at
14:38
2011年01月08日
心わくわく!

短い時間でしたが、楽しいお話ができました。
大変魅力ある方で、いろいろな可能性を感じました!
Posted by 琉球の祭典 at
15:04
2011年01月07日
正月の片付け作業

毎年、神社を盛り上げて頂き心より感謝です。
出店協力会の代表者であるタケニシさん・沖宮の津嘉山宮司とのスリーショット!
No.5
Posted by 琉球の祭典 at
21:46








